パクリの共有化
最近ちょっと思っていることがあって、みんな同意してくれるかどうか分からないのだが、異論を恐れずに書くと、もしかするとAIって実はすごく世の中みんなの役に立つ可能性があるのではないかしら。
2年ほどまえ「パクリの独占」という話を書いた。AI企業は私達が作り上げてきた膨大なデータをパクって学習し、その成果を独占して、アクセスする権利を販売しているという、例によって暗い話であった。
しかし最近のAIのトレンドを見ると、実はAIの成果を独占するのは難しいのかもしれない。実際、一時期はOpenAIが向かうところ敵なしという雰囲気だったのに、ある時からB2Bを開拓したAnthropicが一気に話題をさらうようになった。そのAnthropicは散々もったいぶってMythos/Fableをリリースしたら、それほど間を置かずに、中国のKimi AIが分野によっては匹敵するような性能を叩き出した。
IT業界は囲いこみの歴史である。Windowsも、Facebookも、iPhoneとAndroidも、顧客を囲いこんで逃がさないようにしつつ、ライバルを買収したり蹴落したりして、いまの地位を確立してきた。もちろん、大手はAI市場でも似たようなことをやろうとしている。MicrosoftはOfficeにCopilotを押し込んでいるし、GoogleはGeminiを押し込んでいる。
余談だけど、Google Workplaceにバンドルされているからという理由で、明らかに性能の劣るGeminiが使われている状況を見ると、かつてWindowsになんでもバンドルしていたMicrosoftとそっくりで皮肉な感じがする。
とはいえ、複数のAIを併用したり、AIサービスを乗り換えたりするのは、OSやブラウザやソーシャルメディアを併用したり乗り換えたりするよりは簡単である。なにせ、AIの乗り換え自体をAIがサポートしてくれる。だからOpenAIが足下をすくわれたように、今後も人気のAI企業が新興企業に取ってかわられる可能性は十分にある。
また、GoogleやFacebookを支える広告というビジネスモデルが成立したのは、囲いこみができたからこそであった。Googleは検索やYouTubeに顧客を囲いこんだからこそ、安心して広告の数を増やして、とてつもない収益を得ている。対してChatGPTは広告の配信を増やしているけれど、もし囲いこみできないままに広告をたくさん配信するようになったら、顧客はさっさと他のAIに乗り換えてしまう。仮にどこかのAI企業が独占的な地位を築いたとしても、Google並にむちゃくちゃ稼げるのかは、また別の問題だ。
そもそも多くの人は超高性能なAIを必要としていない。AI界隈の人達はベンチマークの話をよくするし、人間なみの知能(AGI)はまだ実現していないが、正直いまのAIでも多くの用途で十分使えるくらいに賢い。超高性能なAIがあれば喜んで大金を支払う人達はいるが、そういう人達は一部だ。
だから広い層に受け入れられるためには、そこそこの性能をそこそこの値段で提供する必要がある。大手が高性能AIへのアクセスを高値で売ろうとすればするほど、そこそこの性能を安価で提供するサービスが人気を集めるようになるだろう。外部サービスに頼らない、ローカルAIという選択肢も出てくる。OpenAIが率先してLunaの使用料を下げたのは、AI市場でボロ儲けするのは難しいという現実のあらわれではないか。
これは、ある意味で今のAI市場が比較的健全だということの裏返しでもある。たとえばアメリカが中国発のAIをもっと規制するようになったら、アメリカのAI企業はもっと簡単に覇権をとれるようになるだろう。あるいは特定のサービスが特定のAIを拒絶するようになったら、たとえばGoogleのサービスにはGeminiしか繋げないようになったら、市場は歪められて、性能や価格以外の力関係が働くようになる。ただ、そういうことは近い将来起きるかもしれないけど、今のところまだ起きていない。
そういうわけで、AI市場で健全な競争環境が続けば、私達は優秀なAIを安価で使えるようになって、AIがパクって築いた知は、まわりまわって私達の共有財になっていく……という明るい未来の可能性もわりとあるのではないか。
ただ、私が30年くらい前にインターネットに触れた時も、こんなオープンで自由なものがあるのかと感動したわりに、その感動は長く続かなかったから、AIにもこれからありとあらゆるクリエイティブな規制が導入されていくのだろう。Anthropicも、あらゆるAIは安全性テストを受けるべきだと言っているが、そういう「テスト」が業界にどういう影響を与えていくは、私達はもう十分に知っているわけである。たとえば、昔は色々なウェブブラウザがあったのに、Googleが率先するウェブ標準化が複雑になりすぎたせいで、Chrome以外のブラウザの選択肢が激減してしまったように。
まあ、AIの安全性を軽視した結果、外部を攻撃するようなAIが野放しになっては困るというのも分からなくはないが……いやいや、暗い未来の可能性もまだまだありそうね!

