パクリの独占
繊細なので季節の変わり目で体調を崩してしまった。いつもの前向きで生産的な日々とは異なり、なにもやる気が起きず、寝るか、起きてはぼんやりインターネットを眺めるかという、ふだんと360度異なる生活を送った。流れてくるネットの情報も、いつものように大らかな気持ちで受け止められず、やたらとネガティブな感情を抱いてしまい、体調が思考に影響を及ぼすことを実感した。
たとえば、ビヨンセと渋谷で会えて感動したファンの話を読んで「しかし、そこまでビヨンセに思い入れを抱くのもいかがなものか?」みたいな。我ながらひどい。思ったことをすぐ全世界に発信するようなネットサービスが普及していなくて良かった。
巷ではAIがどんどん賢くなっていると聞くが、AIで簡単に置き換えられそうな私の仕事はまだ楽にならず、病み上がりでいつものようにグラフやスライドを作っている。
いつかどこかでちゃんと書きたいと思いながら億劫なのでここにざっくり書いてしまうが、初期のLINEやFacebookのアプリが爆発的に普及した理由の一つは、スマートフォンにある電話帳のデータをパク……活用できたからであろう。電話帳が気付かないうちにLINEやFacebookに取り込まれ、あれよあれよ友達として自動的に繋げる手伝いをしたり、知り合いではというおすすめ表示に使われて、ネットワークの拡大に寄与していった。
今ではiOSのようなプラットフォームが電話帳データの活用を規制するようになったし、そもそも電話帳自体がかつてのような重要なデータ源ではなくなってしまった。だからそれに頼って新しいソーシャルグラフを生み出すのも難しくなった。
Data is kingとか、Data is the new oilとか言うけれど、有用なデータというのはそのあたりには転がっていない。でも、もしどこかに手付かずの有用なデータがあって、他の誰かが気付かぬ前に活用してしまえば、優位性が生まれる。
ところで先日、OpenAIの動画生成サービスSoraがたいへん話題になったが、同社のCTOはYouTubeから学習したのかと聞かれて答えられなかった。笑える。笑えないが。
GoogleはOpenAIに警告したらしいが、一方でGoogle自身がYouTubeからの学習を進めているらしい。いまはこのあたりのルールが曖昧で、だからこそみんな好き勝手にやっている。これをイノベーションと呼ぶならイノベーションなのだろう。
まあ生成AIはまだ新しい技術だから、そのうちにちゃんとしたルールが出来ていくはずだ。もちろんルールを決めるのは先行した企業たちで、出遅れた企業たちは二度と追いつけなくなるのだけれど。ちょうど電話帳の時の例のように。
AIがいつ人類より賢くなるかという議論がまた盛り上がっていて、イーロン・マスクは2025年にはAIが人類より賢くなると言っていたらしい。人類の一般的な知能はさておき、イーロン・マスクはサイコロくらいの知能しかなさそうなので、AIと比較するほどでもないと思うが、それはさておき、個人的にはAIがどこまで賢くなるかよりも、それだけ賢いAIがどう独占されるかのほうが気になる。
というのも、すごく賢いAIが2025年だか2050年だか2500年だかに登場して、我々はなんとなくそれを自由に使いこなすイメージでいるけれど、このまま行けばAIは間違いなく一部の企業に独占されていて、私達はそのおこぼれを使わせていただくようになるだけだだろうから。
インターネットでは能天気なテクノロジー楽観主義者のほうが声が大きいから、たとえばイラストレーターが他の作品のトレパクをしたら袋叩きにするくせに、AIがどこかからか勝手に学習してウォーターマークごとコピーしても大目に見られるような不思議な現象が起きている。
だけど私はもう少し現実主義者なので、そのうち人類みんなが今のイラストレーターの気持ちを理解するようになると思っている。人間の仕事を好きなようにパクられて、でもパクリ返すことは許されないという未来である。そうやって賢くなったAIに課金をして、AIの知能の一部を使わせていただくのである。なかなかの未来ではないか。
やはり体調が悪いと、いつもと違ってこんな暗い話ばかり思いついてしまうな。