生と死と、その中間にあるSASUKE
ほとんどテレビを見なくなって久しいけれど、年に一度の楽しみにしているテレビ番組がSASUKEである。いつから見始めたのか正確に覚えていないが、この数年のことだ。今年はクリスマスイブから二夜連続、各四時間という、誰が望んだのかよく分からないボリュームで、初日は犬を散歩させたり忙しくてあまり見られなかったが、二日目はだいたい観た。面白かった。
私がSASUKEを好きな理由は、その容赦なさである。有名人も、素人も、この日の為に鍛錬を積んできた多くの挑戦者が、一つの失敗で消えていく。バラエティ番組のような救済措置はなにもない。大勢の人が集まり、望んだ結果を残せずに去っていく。特に近年は難易度がピーキーになりすぎて、かなり特殊な技能がないと先に進めない。結果として、時には誰もFinalステージに辿りつかなかったりする。テレビの筋書きとしてはだいぶ間違っている。
しかし、その筋書きのなさが、なにもかも予定調和的な現代においては新鮮である。私は残酷でしんどい小説が好きだと繰り返し書いているけれど、それに一番近い番組がSASUKEではないかしら(いや、テレビ番組を知らんから、他にもあるのかもしれないが)。私はフラナリー・オコナーを読むように、SASUKEを観る。
だって、もう予定調和的なコンテンツには飽き飽きしているのである。私はスポーツ観戦が好きで、ベタな表現を使えば、そこには筋書きのないドラマがあるからなのだが、現代ではそんな筋書きのないドラマさえ、あっという間に物語として編集されていく。箱根駅伝とかがそうでしょう。いま走っている選手が、走っているそばから、感動ドラマとして編集されていく。違う、私はスポーツのドラマを観たいわけ。スポーツ選手のドラマではなく。極端に言えば、人間の内面に興味はない。人間という生き物がどう生きるかということに興味があるのだ。
SASUKEも今年は尺に余裕があったせいか、隣で見守る家族の様子などが映し出される回数が増えた。難易度の高い場所をクリアしたり、脱落したりするとリプレーが何度も放送された。おかげで挑戦者が現れては消えていく、あの容赦のないリズム感が薄れてしまった。残念だ。
もちろん、軍団としてSASUKEの鍛錬を積む様子や、SASUKEの挑戦が親から子へと受け継がれていく話は美しい。SASUKEがアメリカ文学なら、完全制覇した父の姿を追う長野塊王が主人公であるべきだろう。あるいは、前々回から颯爽と現れたニューヒーローの宮岡良丞かもしれない。しかしSASUKEにそのような文学性はない。だから今回も主人公はサスケくんなのだった。SASUKEの主人公だからサスケくんで、サスケくんだからSASUKEの主人公なのだというトートロジー。SASUKEという番組は時間をかけて物語を語ろうとするが、SASUKEというフォーマットがそれを拒否する。なにもかもが感動ドラマ化されたコンテンツの中で、SASUKEはなお異質な存在のままである。
SASUKEは人気番組のようだから、来年もあるのだろう。若者はまた鍛錬を積み、一回り強くなって帰ってくるに違いない。しかし出場者の多くはすでに立派な大人で、多くの訓練を積んできた。これからさらに一年を経て、なお成長の余地があるのだろうか。それとも多くのレジェンドたちのように、ゆるやかに第一線を離れていくのか。四十代も半ばを過ぎた私には、一年の重みが十分に分かる。これがSASUKEの二つ目の容赦なさである。私達は出場者たちの競技を観ると同時に、彼らの一年のすべてを味わっているわけだ。
私にはSASUKEに挑戦できるような運動能力はないけれど、年を追うごとにSASUKEに打ち込む人達の気持ちが分かるようになってきた。つまり、決められたステージの中で、毎年自分はどこまで辿りつき、どれほどの痕跡を残せるか、確かめようとする人達の気持ちが。あるいは過去を乗り越えようとして、それを果たせるのがほんの一握りであるという現実と向き合う人達の気持ちが。
生があって、死があり、その間にSASUKEがある。もちろん私はテレビを観ているだけで、エンターテイメントとしてのSASUKEを消費しているにすぎない。しかし人生を同じ速度で過ごしているのは、SASUKEの出場者たちと変わらない。そういう意味で我々はみなSASUKEの参加者である。私はSASUKEの容赦なさを楽しんでいるようで、その容赦なさは私自身にも振りかかっている。SASUKEという競技に出ているか、出ていないかの違いでしかない。自分は鍛錬を積んでいるわけでもないし、毎年なにかの痕跡を残せているわけでもない。だからせめて謙虚に生きなければならないな、と思う。
今年もたよりない話はこれでおしまいです。大勢の方に読んでいただき、ありがとうございました。今年は同人誌も出せて充実した一年でした。年々、社会に対する興味が薄れており、どれほど話題が続くのかは分からないですが、よければ来年もお付き合いください。みなさま、良いお年を。

