Pentiment、または冬休みの過ごしかた
11月末のSteamセールで"Pentiment"というゲームを買い、12月の頭から少しずつプレイして、年末年始を挟みようやくクリアした。Steamのレビューでは「圧倒的好評」とたいへん評判が良いのだが、実際に素晴らしいゲームであった。それほど多くのゲームで遊んでいるわけではないが、個人的には近年一番の傑作だと思う。
私はクリアまで30時間ほどかかったが、ふつうはこの半分くらいで済むはずである。理由は後述する。
というわけで、ここから本作をおすすめしていくのだが、これがなかなか難しい。
ジャンルとしてはアドベンチャーである。あちこちに移動して、人の話を聞いて、話を進めていく。戦闘はない。レベルもない。レアアイテムもない。大量のテキストと多少のフラグがあるだけである。開発したObsidian Entertainmentは”Fallout New Vegas”や”Pillars of Eternity”のような本格RPGで知られるが、本作はそういうゲームではない。
本のように描かれたグラフィックは、とても美しい(特に子供がかわいい)。音楽も素晴らしい。しかし、地味な2Dの外見だけで感動することはないだろう。正直、この時代にこんな素朴なゲームにはまるとは思わなかった。
舞台は中世ドイツ。主人公は芸術家のアンドレアス・マーラーで、町の農家で下宿をしながら、修道院で写本を手伝っている。しかし、そんな修道院で殺人事件が起き、マーラーは捜査に巻き込まれていく。
なんだかウンベルト・エーコの「薔薇の名前」みたいだな、と気付いた人が何人いるか分からないが、その見立ては正しい。本作にはいくつかの元ネタがあって「薔薇の名前」はその中心である。ちなみに"Pentiment"とは悔い改めることである。
物語の詳細は避けるが、本作もエーコの小説のように現実と虚構、宗教と科学、歴史と生活が入り混じっていく。現代のゲームにわざわざ「選んだ選択肢によってゲームの展開は変化していく」と形容する必要はないが、いくつか重要な選択肢もある。しかし、決して何十もの結末がある物語ではない。ただ、芯の通った物語があるだけである。
「映画のようなゲーム」というのは長年喧伝されてきて、今では映画のほうがゲームのようになってしまったが、本作はかなり「小説のようなゲーム」である。中にあるのはただただ優れた物語で、アートワークがそれを支えている。そういうわけで、優れた小説(特にミステリー小説)を言葉だけでおすすめするのが難しいように、本作もとにかく四の五の言わずに遊んで欲しいというのが私の本音である。
ただ、本作には一つ問題があって、日本語の翻訳がひどい。大部分は、それなりに意味は分かる、60点くらいの翻訳なのだが、場面によっては機械翻訳以下になる。そして、一見正しそうだが原文と照らしあわせると全くの誤訳もたくさんある。パウロがポールだったり、ロスフォーゲルがロートヴォーゲルだったり、ゲルトルートがガートルートだったりといった表記の揺れは無数にある。ぶっちゃけ、そのままでは意味を理解しながら遊ぶのは難しい。Steamの日本語レビューも、不評のコメントは翻訳についてばかりである。
幸い、どこかの暇人が翻訳を多少はまともにするためのMODを作成して公開しているので、もし本作で遊ぶときは、ぜひ導入してみてください。36000種類くらいあるゲーム中の会話すべてを直せたわけではないが、だいたい70点くらいにはなると思う。私はおかげでGit(とGitHub)の使い方をようやく学ぶことができた。”double monastery”を二重修道院と訳すか、複合修道院と訳すかなど、悩むこともできた。そしてゲームのクリアまでに倍の時間がかかった。
あとMODを広めるため、私のSteamレビューや、Steamガイドを評価してもらえると嬉しいです。
しかし思えば、傑作と言われながらひどい翻訳のゲームを、原文と照らし合わせながら必死になってあらためて翻訳するというのは、それ自体が非常にウンベルト・エーコ的ではないでしょうか。今年の冬休みは、そんな毎日でした。ちなみに、もし今からウンベルト・エーコを読もうと思った方は、宗教の話が多すぎてたぶん多くの人が途中で挫折するであろう「薔薇の名前」より、ずっと読みやすい冒険譚の「バウドリーノ」をおすすめします。