笑の解禁
ご存知の通り私はたいへん温厚なのだが、ごくまれに怖い人だと誤解されることがある。職場の同僚や取引先、友達の友達など、新しく知り合った人と何度か飲みに行くと「もっと怖い人だと思ってました」と打ち明けられたりする。
なぜそのような誤解が生じるのか、まったく分からないのだが、分からないなりに考えると、見た目の問題と、話し方・文体の問題に切り分けられるのではないかと思う。
後者について言えば、私は昔から、論理的思考に長けているとか、人の心が分からないとか言われがちであった。具体的には、人の話を聞くときに、その時その時のトピックよりも、全体の流れに意識が寄ってしまう傾向があって、おかげで自分で言うのもなんだが、インタビューの書き起こしとかをするのはとてもうまい。
一方で、たとえば「最近いろいろ大変なことがあってさー、先日も財布を落としちゃったんだけど~」みたいな話をされると「そうなんだ、大変だったね」と言うよりも先に「いろいろって、他にはどういうことがあったの?」と言いたくなるのである。
私は工学部の情報学科とか、官庁向けのシンクタンクとかに所属した人生を送ってきたので、おおむねコミュニケーションというのはそういう論理的構成についてなのだと思っていた。しかし、どうも違うようだというのが、広告業界という、もう少し情緒的なところに所属するようになって分かった近年の学びである。
そういうわけでコミュニケーションというのは難しいのだが、それでもリアルに会話をしているときは、私なりに相手の表情を読んで、話し方を変えることはできる。
より難しいのは、オンラインでのコミュニケーションで、気付けば余計な修飾を省いて、事務的なプロセスに落とし込みがちである。すべてのコミュニケーションは課題発見であり、タスクに細分化可能で、担当者と締切を設定する必要がある、というような話し方をついついしてしまう。
「これ誰がやりますか?」「いつまでに決めますか?」みたいなことを、飲み会の調整のチャットなどの平和な場でやっていると、怒っているのかしらと誤解されがちなようだ。
だから私は、つとめて平和な文体を心がけている。分かりやすいのは、「ー」や「~」や「!」を使うことである。「誰がやりますか~?」「いつまでに決めましょうか!」みたいな感じである。
その上で、最近は「笑」も解禁するようにした。「早めに決めちゃいましょうか笑」みたいな感じである。もちろん実際には笑っていない。私は真面目なのだ。
本当は「笑」なんて使いたくない。苦渋の選択である。実際、20年くらい使ってなかったと思う。これでも年季の入ったインターネットユーザーなので、昔はなんでも「(笑)」みたいなことを言っていた。あまりに使い過ぎて、あるとき恥ずかしくなったのだ。
だから私の文章には「笑」は出てこない。インタビュー記事を書くような時があっても、インタビューアー(私)もインタビューイーも笑わない。その場で笑っていたとしても、別の表現を使う。
最近は機会がなくなったけど、インタビューをされるようなことがあっても、原稿のチェックができる時は、だいたい発言ごとに「笑」が付与されているので、全部取り除いてもらう。特に会話文において、「笑」に頼るのは甘えだと思う。
でもチャットでは解禁することにした。本当は温厚な人間なので、表現の一つで印象が変わるなら、それでいいかなと。ドラゴンボールでいう、あれみたいな感じですね。
(まったく関係ないのだが、今みたいになにかで例えをするとき、ざっくり言っても通じる人には通じるだろうし、通じない人には細かく説明しても通じないので、例えは適当で良いということを発明した)
そういうわけで、今後はどんどん「笑」を使う。これでもだめなら「火暴」とかも使う。いや、いまの時代には物騒か。昔のインターネットは平和だったな……。
さて、ここまで読んで、それで見た目の問題のほうはどうするんだ、と思った人とは仲良くなれそうな気がします。最近いろいろと面倒になって5mmくらいの坊主頭にしたのだけど、いつも通りマスクとピアスをして、よく晴れた日だったのでサングラスをかけて出かけたら、ショーウィンドウにめちゃくちゃ物騒な感じの男性が映りこんで、びっくりしました。