共有フィードの悲劇
ショートショート「俺の死、お前の死」を書いた。先週のSaaSの死の話の続きみたいな。読んでね!
それから先週書き忘れたけど、noteに「伊藤穣一はエプスタインと何をしたのか」を書いたのだった。これは公開記事です。でも既に話題としては風化してしまったな。noteメンバーシップも少しづつ更新しています。
しばらく前にXの投稿をやめて、いまはBlueskyを使っているのだけど、けっこう面白いことを書いたつもりでも全然いいねもシェアもされない。あるいは、けっこうシェアされてもフォロワーは増えない。フォローすることの心理的ハードルが、昔よりも高くなってしまったのだろう。
インターネットとの付き合い方も落ち着いてきて、わざわざ知らない人の投稿なんて積極的に見たくない、なにかあれば今のフォロワーがシェアして届けてくれるでしょ、というのが普通の考えかもしれない。
そのわりにはニュースレターの購読者は地道に増え続けていて、なんでだろうか。ニュースレターを購読するよりも、Blueskyでフォローするほうが気楽ではないですか? まあ、あんまりみんなBlueskyを使ってないというだけかもしれない。
同人誌を作って、売るために何度かニュースレターやBlueskyで宣伝をしたが、本当に面白いくらい宣伝するたび売れる。同じ人が二度や三度買うものではない。ということは、一度目の宣伝では気にしなかったか、そもそも見ていなかった人が、二度目、三度目の宣伝で目にして、買おうと思ってくれたということだ。売るほうとしてはありがたいけど、なんで? とも思う。
もちろん、みんな忙しい。私のニュースレターを毎回隅々まで読んでくれる人もいるが、タイトルや頭のほうだけ読んで興味のなさそうな話題だったら読み飛ばす人、あるいはもっと単純に忙しい時は読まない人などもいるだろう。だから二度目や三度目の宣伝で「あ、同人誌なんか出してたのか」と気付くことがあるかもしれない。
そうすると、売る側としてはとにかく宣伝を続けたほうがいいということになる。実際、企業も個人も、みんなそうしている。同じことを何度も書いて、何度も宣伝する。自分のプロフィールにも書いて、名前にも書いて(新刊発売中!)、宣伝をタイムラインにピン留めもする。
そうすると、世の中は宣伝で溢れてくる。広告業界なら広告単価を上げることで市場合理性を保つのだが、ソーシャルメディアは投稿がタダなので、フィードが宣伝がどんどん増えていくだけになる。そうするとユーザーは自然とフィードから足が遠のく。
だからプラットフォームはアルゴリズムでフィードを管理する必要がある。繰り返しの宣伝で溢れないようにして、本当にユーザーが興味を持ちそうな、つまりプラットフォームに時間を費やしてくれるような、投稿を抽出し、提供しなければならない。Xも、FacebookもInstagramもThreadsも、TikTokでもなんでも、アルゴリズムのフィードが中心になるのは、ある意味では当然だ。
結果的に、それでフィードが猫動画や炎上コンテンツばかりで溢れるようになったとしても、それはアルゴリズムのせいではなくて、人間の弱さと愚かさのせいなのだから仕方ない。
Blueskyは今のところまだ、宣伝をがんがんやってやろうという人が少ない。あるいは、そういうアカウントがいたらフォローをやめればいいやという、フィードのメンテナンス力に長けた人達が多い。だから時系列の素朴なタイムラインでも成り立っている。あるいは、成り立ってないからXやThreadsの後塵を拝している。
Xを見ていると顕著だけど、AIによる投稿がますます増えて、その中から「良い」投稿を選別するためにAIによるアルゴリズムがますます強化されていく。ソーシャルメディアは、ユーザーが組み立てるものから、プラットフォームによって「与えられるもの」になっていく。「TikTokの発明:起動すると始まること」を書いたのは7年前だけど、何度でも宣伝しておきます。
個人的に思いついた解決案としては、一日に一度しか投稿できないソーシャルメディアがあればいいのではないか。それでフォローできるのは100人くらいまで。一日5分あれば見終える。
もちろん、そんな少ないエンゲージメントでプラットフォームはどうやって収益化するのかという話になるのだが、逆に言えば今の私達はプラットフォームの収益性のためにソーシャルメディアを使わされてるわけで、それもなんだか切ない話です。
というわけでショートショート「俺の死、お前の死」を読んでね!(二度目の宣伝)


