ディアンジェロのこと
私が洋楽を浴びるように聞きはじめたのは、90年代の半ば、「ネオ・ソウル」というムーブメントにハマったあたりからであった(という話は前にも書いた)。
ネオ・ソウルはマーケティング用語なので厳密な定義はないが、ヒップホップがどんどんメインストリーム化していく中で、ヒップホップ的なセンスを持ちつつ、70年代くらいの古いソウル・ミュージックから美味しいところを再解釈させたもの、と考えれば概ね間違いないであろう。
そのネオ・ソウルの代表的ミュージシャンであるディアンジェロが癌で亡くなった。51歳。
そもそもネオ・ソウルという用語を生んだのはディアンジェロのデビュー時にマネージャーをつとめたキダー・マッセンバーグで、彼はそのあと自分のレーベルを立ち上げ、同じくネオ・ソウルの顔となるエリカ・バドゥをデビューさせる。
ネオ・ソウルの分かりやすい例として、ディアンジェロの1995年のデビュー・アルバム”Brown Sugar”にはスモーキー・ロビンソンのカバーがあった。1979年の曲。スモーキー・ロビンソンはモータウン・レーベルの歴史を背負う大シンガーだが、だからこそカバーするには勇気のいる選択である。まあこのファルセットを真似するだけでも大変だ。
“Brown Sugar”は今や歴史的名盤ではあるけど、一部歌詞が大変アダルトなこともあって、みんなで集まって合唱できる曲がどれだけあるかというと、あまりない。そんな中、とっても分かりやすいストレートなラブソングである”Lady”が一番ヒットしたのは当然かもしれない。今となってはこれが彼の代表曲ということになるのだろう。私の大好きなラファエル・サーディクとの共作。
私がアルバムで一番好きな曲はこれ。「君をはじめて見たとき~死にたいと思った!」という歌い出しで始まる、ひねくれ者のラブソング。楽器ぜんぶ自分でやってますんで、とアピールするMVもいいですね。当時MTVで繰り返し流れてた。
結局ディアンジェロはスタジオ・アルバムを3枚しか残さなかったが、それでもデビュー直後は供給不足を補うような作品があった。たとえばライブ・ミニアルバムでの、アース・ウィンド・アンド・ファイアーのカバー。格好いい。
これはマイケル・ジョーダンとバッグス・バニーが一緒にバスケをする映画「スペース・ジャム」のサントラから。これもストレートなラブソング。
散々待たされたセカンド・アルバム”Voodoo”が出たのは2000年。進化した音楽性とか、それを支える凄腕ミュージシャンたちとかいった話題は、この一発録りヌードビデオで全部吹き飛んでしまった感がある。以降、本人はセックス・シンボルとして捉えられることにずいぶん悩まされたらしい……が、こんなビデオを作ったらそりゃそうなるだろ。これもラファエル・サーディクとの共作。
私が”Voodoo”で一番好きなのは、このロバータ・フラックのカバー。ディアンジェロの曲の中でも一番好きだと思う。初めて聞いた当時はオリジナルを知らなかったので、カバーだと気付いた時はわりとガッカリした思い出がある。
ロバータ・フラックも今年亡くなってしまったが、こちらは88歳の大往生であった。
サードアルバム”Black Messiah”はさらに待たされて2014年。この1曲目が良かったし、他の曲も良いのだが、なんというか、才能があることはみんな知ってるわけで、14年越しに「良い」くらいのアルバムを出されても……という感じではあった。世間では絶賛され、グラミー賞もとったが、私は気持ちと折り合いをつけるのが難しかった。
翌年には日本に来て青海でライブもやり(観に行った)、最近またアルバムを準備しているという話であった。
振り返ると、とにかくディアンジェロがあの声とあの独特なリズム感で歌えば、なんでも様になってしまうというのが分かる。そういう意味では、ディアンジェロの楽曲に「捨て曲」はない。カバー曲がどれもディアンジェロ風にアップデートされるのもそうで、本当に唯一無二のアーティストである。
でもやはりデビューから30年でスタジオアルバムが3枚というのはあまりに少ない。この数日、ずっと聴いているが、すぐに全曲聴き終わってしまう。誰もがスティーヴィー・ワンダーやプリンスのようになれるわけではないのだろうが、それでも才能を思えば、もう少し作品を残してくれても良かったのではないだろうか。それこそ将来のネオ・ネオ・ソウルに繋がるような、後世に繋がる名曲がもっとあったらなあ、とは思う。寂しい。

