横型本屋難民
インターネットの情報速度でいえば旧聞も旧聞の話になるが、渋谷のジュンク堂が1月の末に閉店してしまって、今更ながら悲しい。厳密にはMARUZEN&ジュンク堂書店なのだが、書店としてはまぎれもなくジュンク堂なので、ここでは単にジュンク堂とする。
私は、でかいスーパー、でかいドラッグストア、でかいショッピングセンターなど、いわゆるメガストア、巨大化した店舗には資本主義への不安を覚える人間なのだが、それはそれとして、でかい書店にはでかい書店でしか得られない幸せがある。おまけに私は神戸生まれなので、ジュンク堂はもっとも親しみのある書店チェーンであった。
私が幼年期から思春期までを育んだ神戸のジュンク堂三宮店は、センター街というアーケードの地下にあった。迷路のような巨大店舗を、祖父に連れられてうろうろと歩き回っていたのが私の書店に対する原体験であろう。いま覚えば、書店との出会いとしては最高級のものと言える。
ジュンク堂三宮店は今も同じ場所の別フロアにあるが、地下ではなくなってしまったので、当時のような迷宮の雰囲気はない。あるいは私が大人になってしまっただけかもしれないが。
私が高校生のころには、そのジュンク堂から歩いてすぐのところに駸々堂という別の大型書店ができて、いま思えば天国もかくやという感じであった。浪人時代は昼休みに駸々堂やタワーレコードをぶらぶらしていたものだ。その駸々堂は今や日本中からなくなってしまった。
東京には大小いろいろな書店があるが、ジュンク堂渋谷店のような、あるいはかつてのジュンク堂三宮店のような、ワンフロアの大型書店はなかなかない。池袋のジュンク堂も、新宿の紀伊國屋も、大手町の丸善も、立て替えで仮店舗運営中の神保町の三省堂も、間もなく閉店する(2028年に移転開業予定の)八重洲ブックセンターも、みんな分野ごとにフロアの別れた縦型の書店である。
縦型の書店は、目的の本があればそのフロアに直行できるが、横型の書店は、目的の棚までに他のエリアを歩かなければいけない。縦型の書店は、極端に言えば、Amazonで代替できる。しかし横型の書店はそうではない。なぜなら、そこでうろうろすること自体に価値があるからである。没個性的なチェーンの中型本屋より、小規模でセレクトショップ的な本屋が昨今注目を集めているのも、同じ理由だろう(そうした書店も話題とは裏腹にすぐ潰れたりしているので、どれだけ持続できるものなのか分からないが)。
Amazonという巨大な存在がある以上、本屋は今の時代こそ効率とは対極の迷路でないといけないのだろうが、現実的には売れ線を目立つところへ効率的に並べるのが今日の本屋であって、文具やカフェなしには業績もままならないのだろう。
そういうわけで私は今や本屋難民であり、辿り着ける先はもうどこにもないのかもしれない。
もっとも、迷子になれる本屋がまったくないとは言わない。「鉄道・アイドル・プロレス」という看板でおなじみの書店グランデという本屋が神保町にあるが、4階は入口に占いやオカルトの本がたくさんあって、その奥に評判の良い数学書のコーナーがあり、さらに奥にミリタリー本があって、狭いフロアで心の中の迷宮をぐるりと一周した気分になれる。
どういう理屈でこういうフロア構成にしたのか不思議だが、たぶん鉄道(ワンフロアと半分ある)やラノベ・ホビーといった「主力」を優先させていった残りものがこの4階なのだと思うと、ますます面白いと思う。