ビヨンセ、ケンドリック、ドーチ
先日のグラミー賞で、ビヨンセの"Cowboy Carter"が悲願の最優秀アルバム賞を受賞した。以前、偉大すぎるビヨンセには見合う歌がないという話を書いたが、今回はカントリーというジャンルを飲み込むことでまた新しいアイコンになった。当然のように最優秀カントリー・アルバム賞も受賞している。まあ、私は前作のほうが好みだけれど。
グラミー賞でのもう一つ大きなトピックは、ケンドリック・ラマーの"Not Like Us"が最優秀レコード賞、最優秀楽曲賞、最優秀ラップ楽曲賞などを総なめにしたことである。ケンドリックはこの十年くらい一番影響力のあるラッパーで、グラミーの常連ではある。それでも最優秀レコード賞と最優秀楽曲賞は、キャリアで初めてだ。
おまけに"Not Like Us"はただのヒット曲ではない。人気ラッパー、ドレイクと2023年の末からディス合戦を続けてきた中で、最後にリリースされたKOパンチである。
受賞式でもケンドリックが壇上に向かうところで当然、この曲が流れたわけだが、サビ前のパートは、ラップと歌を行き来するドレイクのスタイルを揶揄して"Tryna strike a chord and its probably a minor"(コードにあわせようとしてるけど、Aマイナーかな)と言っている。Aマイナーは未成年という意味があるので、ペドだと言ってるわけである。
考えられる限り最悪の侮辱だが、今回はグラミーに集まったセレブたちが合唱しながらケンドリックの受賞を祝福したわけで、ドレイクにとってはたまらないだろう。
55秒あたり。「Aマイナ~」の合唱。
そもそもケンドリックとドレイクのビーフがはじまったのは、また別の人気ラッパーであるJ・コールがドレイクとのコラボ曲で「最高のMCが誰か議論するのはいいよな。ケンドリックか、ドレイクか、俺か。俺達ビッグ・スリーがリーグを立ち上げたようなもんだ」とラップしたところ、ケンドリックが返す刀で「なにがビッグ・スリーじゃ、ビッグ・俺がいるだけだろ」とアンサーしたのが発端である。ドレイク巻き込まれ事故。
J・コールは”Might Delete Later”(後で消すかも)という弱気なタイトルのアルバムで応戦したかと思えば、本当にすぐ諦めてディス曲を消してしまい、残ったケンドリック対ドレイクの応酬がはじまるのだが、最終的には"Not Like Us"の大ヒットで終わった。(いや、終わってないかも。ドレイクがSpotifyを訴えたりして、これも面白い話だが、また別の機会で)
ケンドリックはLAのコンプトンという西海岸ヒップホップの中心地がホームタウンである。一方のドレイクはトロント出身の子役俳優上がりという異色のキャリアだ。だからケンドリックが地元レペゼンを全面にしながら"Not Like Us"=「(あいつは)俺達とは違う」と言えば、西海岸、そしてアメリカはケンドリックの肩を持たざるをえない。そういう意味では、一アジア人としてなかなか怖い内容のヒットでもある。
それはそれとして、このニュースレターが配信されるころ、ケンドリックはスーパーボウルのハーフタイムショーを任されているはずなので、そちらも楽しみ(だったが、あんまり盛り上がらなかった。声があまり聞こえなかったのでミックスが悪かったように思う)。
ちなみにケンドリックは"Not Like Us"の大ヒットのあと、ニューアルバム”GTX”を突然リリースして、これはとても良かった。デビューから所属していたTDEレーベルを離れて、最初のアルバムである。
入れ替わるようにTDEに加わったのが、グラミーで最優秀ラップ・アルバム賞を受賞したドーチで、私もたいへん愛聴中である。
たとえばこの曲は、デビューして有名になったけど……という非常に内省的な話なのだが、こういう内容をポップに昇華できるのも、ビーフとはまた違ったヒップホップの面白いところである。私はこの曲のおかげで”Denial is not a river in Egypt”(否定はエジプトの川ではない)という言い回しを知りました。
たくさん動画を貼りつけたが、これが一番面白いので、ぜひ見てください。