カサンドラ合同会社
「誰かのナンバー」というショートショートを書いた。ニュースを見ていたら思いついてしまった系の話である。Twitterをやめたので宣伝をする場所がここくらいしかない。ぜひ読んでシェアとかしてください。
本当はショートショートに絡めた話を書くべきなのだが、先に書いていた話があったので、そのまま載せる。
これまでおおむねキャリアを通じて、データを分析して説明するという仕事をしてきた。データベースなどから数字を引っぱってきて、スライドを作って、その内容をプレゼンするのが基本的なパターンであり、それは新卒でシンクタンクにいたときから、広告業界やメディア業界に流れついたあとも、あまり変わらない。
近年、AIによってホワイトカラーの仕事がなくなるという話が盛り上がっているが、私などそれ以前から自分の仕事の存在意義に懐疑的であった。だって、私はデータを作る仕事はあまりしないから、言い換えれば必要なデータはすでにあるわけである。一方で、いまどきは色々なBIツールやらダッシュボードやらがあって、データを簡単に読み解くこともできようになっている。みんな自分でダッシュボードを見れば良くない? スライドとかいらなくない? わざわざ私が説明する必要はなくない?
しかし、それなりにキャリアを積み重ねて感じるのだが、人はデータをあんまり信じない。
たとえば、ある事業の業績が傾いていたとする。顧客が減っていて、それに従って売上も減っていて、顧客満足度も下がっている。データを見れば一目瞭然の悪い状況である。その事実を目の前にしても、この事業はやばい、なにか立て直しが必要だ、と動ける人はわりと限られている。その事業に直接関わっている人にとっては尚更である。なぜなら、事業戦略に改善が必要ということは、それまでやってきたことが間違っていたということだからである。
そういうわけで「あれ、これってやばくないですかね? データを見るとそんな感じがしますよね? なにか手を打ったほうが良くないですか?」という空気の読めない人間が必要になる。それは外部からやってきたコンサルタントだったり、社内にいるものの社交性のないデータアナリストだったりして、要するにそれが私のような人間がやる仕事である。
理屈としては、データを分析してみたら思っていたよりも状況は良かったです、というような話もあるはずなのだが、不思議とそういうことは起きない。楽観的な予測というのは、データを見る間でもなく、人々の心の中にあるものである。だからデータを見た結果、予想外に浮かび上がってくる事実があれば、それはほぼ確実に悪いニュースである。私は悪いニュースを届けることでお給料をもらってきたと言える。
最近、AIが経営コンサルタントの役割を置き換えるという話を読んで、とても面白かったのだが、一方でAIが不都合な事実を突き付けてきたとき、みんなそれを受け止められる準備は出来ているだろうか。私は、少なくとも当面のあいだは難しいのではないかなと思う。AIの分析がどれだけ鋭く明快でも、それを人間に説いて聞かせる「AIはこう言ってますけど」という神託者のような仕事は引き続き必要なのではないだろうか。データダッシュボードがどれだけ整備されても、データアナリストが必要なように。
さらに言えば、いまだってGoogleに聞けば分かることを調べられない人がたくさんいるのだから、AIが仮に全知全能のような存在になっても、それを活用しない、活用できない人というのはたくさん残るのだろうし、そういう人達をお手伝いしてあげる仕事も残り続けるのだろう。
だから、ホワイトカラーの仕事を奪うという意味でのAI脅威論は、現時点ではやや大袈裟に感じる。正直、自分がやってきたような仕事は、AIに奪われてもいいと思うのだが、たぶんそんなことにはならないように感じる。少なくとも広告業界では、AIによって最初に仕事がなくなるのは、営業や分析屋ではなく、画像やコピーライティングの制作などのクリエティブのようだ。世知辛い話だが。
ギリシャ神話にはカサンドラというトロイアの王女がいて、予知能力を授かるが、誰からも信じてもらえないという呪いも受ける。私がもし自分で会社を立ち上げる羽目になったら、カサンドラは社名の有力候補です。