「町の本屋はいかにしてつぶれてきたか」あるいは、いかにして今まで生き長らえてきたか
最近なぜか読書をする時間があって、いろいろな本を読んでいる。先日は一年くらい前に出た新書「町の本屋はいかにしてつぶれてきたか」を読んだ。とても面白かった。
まず、タイトルがすごい。「つぶれているのか」とか「なぜつぶれはじめているのか」とかじゃなく、「いかにしてつぶれてきたか」。つぶれているし、ずっとつぶれている。それがこの本のメッセージである。筆者いわく、本屋は1980年代後半からずっとつぶれてきたのだから。
書店の経営が難しいのは誰でも分かる。本は定価が決まっていて、利益率もだいたい決まっている。人件費、家賃、その他経費は上がり続けているけれど、本の値段はそこまで高くなっていない。読書家の皆さんは最近の本は高いと嘆くけど、他の物価と比べれば優しいものだ。
本の定価が上がらないと、同じように本が売れ続けても、売上は増えない。一方で経費が増えるぶんだけ利益は圧迫されていく。厳しい。
近頃メディアやお役所が本屋というインフラを守ろう、街の本屋を活性化させよう、みたいな話をやけに持ち上げるので、以前「本屋より大切なもの」という話を書いた。
ほぼ全ての本屋は、出版・取次と密接に結びつき、再販制度によって維持された、日本の出版システムの一端である。そして、そのシステムはもう誰が見てもうまくいっていない。だから結果として本屋が減っている。本屋を守れというのは、言い換えれば現在の出版システムを(多少の手直しはあったとしても)守れという話に聞こえるわけで、さて、本当にそれに意義があるのか、そもそもそんなことが可能なのか
本書は戦後からの出版社・取次・書店の力関係の歴史を、大量のデータに基いて丁寧にまとめている。そして、三者の力関係の中で、ずっと割を食ってきたのが書店である。なぜなら書店は一つ一つの規模が小さく、数が多く、横の連携が難しいからだ。このあたりの歴史についても非常に丁寧に書かれてあるので読んでください。
だから「日本の出版システム」そのものが難しいという、私の先の主張は正しかったなとあらためて思ったが、一方でこれは最近の話ではなく、以前からずっとそうだったのだと知った。筆者が書くように「本屋の商売が安泰だった時代など存在しない」。
であれば、なぜ町の本屋がそもそも存在するのか? 反対から見れば、この本は皮肉にも「町の本屋は(このような厳しいビジネスモデルにも関わらず)いかにして生き長らえてきたか」という内容でもある。
いわく、雑誌が売れていた(書店に定期的に訪れる客がいた)、外商があった、文房具やCDやDVDやゲームが売れていた、レンタルや中古販売や飲食を兼ねていた……などなど。要するに、ふつうに本を売る以外の儲けがあった。考えれば考えるほど、ふつうに本を売って儲けるこの難しさが浮き彫りになる。
もちろん、本屋も現状を甘んじてきたわけではない。というか、甘んじてこなかったから、本以外も含めて色々な事業をやってきた。しかし、いよいよ難しくなってきている。そして、本屋が抱えてきた様々な問題を一番うまく対処している存在として、本書では最後にAmazonの話になる。そして、それをKindleで読んでいる私。
先日、三省堂の神保町本店がリニューアルして、私も少しだけ見に行ったが、散々言われているとおり本の売り場としてはだいぶ小さくなってしまった。もちろん寂しいが、この本を読んだ私には、もう批判する気になれない。なぜなら、それが本屋の生き長らえる道だからである。ただ本屋があって、本が買えるということを、ありがたく思うべきかもしれない。


