先日、アップルがベストアルバム100を発表した。1位は前に少し批判的に取り上げた、ローリン・ヒルの"The Miseducation of Lauryn Hill"である。近年のローリン・ヒルの評価の高さにはちょっと笑ってしまうほどで、新譜を出す伏線では? というコメントもあった。正直、もし自分でベストアルバム100を選ぶとしたら、たぶん入れない作品である。
たとえば6位はスティーヴィー・ワンダーの"Songs in the Key of Life"で、これは私が生まれる前の作品だけど、本当の本当に歴史的傑作である。全然知らないという人もSir DukeやIsn't she lovelyくらいは耳にしたことがあるはず。20年後にどちらが聞かれているかと言うと、スティーヴィー・ワンダーではないかしら。
仮に宇宙人が地球へ侵略にきて、地球で最高のポップ・ミュージックを聞かせないと殺すと言われたら、このアルバムに収録されているKnocks me off my feetを選びます。
ベスト10は他にマイケル・ジャクソン、プリンス、フランク・オーシャン(!)、ケンドリック・ラマー、エイミー・ワインハウス、ビヨンセがいて、90年代半ば以降、ソウル~ヒップホップがチャートを席巻するようになった歴史を踏まえた現代的なランキングではある。ベスト10でソウル・ミュージックでないのはビートルズ(3位、しかしなぜ”Abbey Road”?)とニルヴァーナ(9位)だけで、もはやロックなんてなかったと言うような歴史だ。
もちろん、あれがない、これがないと言いたいところは多々ある。日本どころかアジアの音楽は一切ない。その上で、現代のアメリカン・ポップ・ミュージックの視点で見てもこれは入れて欲しかったなあというのが一つあって、それがジャネット・ジャクソンの"The Velvet Rope"である。
ジャネットはご存知キング・オブ・ポップ、マイケル・ジャクソンの妹で、ジャクソン5を擁したジャクソン家の末っ子である。兄弟に続いて当然のように10代のうちからデビューしたが、最初の2枚のアルバムはあまりパッとせず、3枚目で「もうまわりの言うことなんか聞かねえから!」と開き直ったら大ヒットしたのがアルバム"Control"(1986年)だ。
いま見ると音楽も映像も古い感じは否めないが、やりたいようにやったる! というエネルギーが全身からめちゃくちゃ出ているのが良い。このアルバムは先のベスト100でも41位に選ばれている。
その次のアルバムが”Rhythm Nation 1814”(1989年)で、私は世代的に浴びるようにMTVで見た。前作でやりたいようにやったら大成功したので、今度はファッションからメッセージ性まで完璧にプロデュースしてやりましたという感じである。これも大ヒットで、いま見るとやりすぎなくらい格好いい。
以降、バチバチに作り込んだ感じのポップ・スターがなかなか出てこなくなったのは、この時期にマイケル、ジャネット兄妹がやりきってしまったからだと思う。
ジャネット自身、作り込み系でやりきってしまったのか、急に自然体系になったのが次の“Janet.“(1993年)。これもいいアルバムで、褒めてばかりで恐縮ですが、実際いいのだから仕方ない。
チャック・Dが参加したこの曲がすごく好きです。
と、前置きが長くなったが、取り上げたいのはその次のアルバム”The Velvet Rope”(1997年)だ。独立~トータルプロデュース~自然体~と来て辿りついたのが、内省的な、はっきり言えば暗い作品である。私がジャネットのベストアルバムを選ぶならこれで、歴史上のベストアルバムでもたぶん10傑には入れます。
先行シングルはトライブ・コールド・クエストのQ-Tipを招いて、ジョニ・ミッチェルのサンプリングをしながら失われた愛について歌っている。私はこういう、どこへ向かっていくのかよく分からない曲が大好物なのだが、散文的すぎたのかあまりヒットしなかった。でも格好いい。監督はマーク・ロマネク。
かわりに大ヒットしたのが次のシングルで、こちらはわかりやすいダンス・トラックだが、歌詞ではエイズで失った友人について歌っている。
アルバムでは他にも鬱、DV、SM、性差別、オンライン・デートなどについて歌っている。「今夜こそ一緒になろう~」と男から女へ呼びかけるラブソングを、対象を女性にしたままカバーして、同性愛(と3P)の話に置き換えたりもしている。
当時のジャネットは精神的にかなりしんどい時期だったようだが、自分をさらけ出すことの難しさというスーパースターならではの悩みが、今ではインターネットやソーシャルメディアの発展のおかげで、一般人でも共感できるようになった。それがいいことなのかはさておき。
ポップ・スターが内省的な作品を作って、自分の悩みを吐露するというのは、今ではもう珍しくない。ただ、その雛形を作ったのはこの作品だと思う。おかげでリリースから10年が過ぎても現代的な作品だと感じたし、25年以上が過ぎた今ではますますそう感じる。アップルがなんと言おうと、私にとっては歴史的傑作です。みんな聴いてください。